ネコのたくらみ
仕事も恋も人生も、すべて崖っぷち、でも危機感ゼロ。 そんなネコの日常です。
エジプト旅行 ~第3日目~
3日目の今日のスケジュールはほぼ移動。
アスワンからアブシンベルへ・・・バスで240キロ南へ下るのです。
その前に立ち寄ったのが、古代の石切り場。
この地の赤御影石があのピラミッドの制作にも使用されたとか。
そしてこれが
切りかけのオベリスク
つまるところ、切り出しかけてひびが入りそうだったのでやめちゃったという代物のようですが・・・。
未完成のオベリスクであることは、表面に装飾がされていないことからもわかります。
切り込んだ時点で使えないと分かったんでしょうね・・・
もし完成していれば、カルナック宮殿のハトシェプスト女王のオベリスクを抜いて、
一番の高さである40mのオベリスクとなったようです。
そして、いよいよアブシンベルへ出発・・・
なのですが、アスワン-アブシンベル間の移動はコンボイという隊列で行われます。
旅行者を管理、というよりテロリストから守るということのようですが、
先頭と末尾には警察がつき、隊列中央には救急車と看護師まで待機させているとのこと。
出発時刻に遅れれば、アブシンベルへ向かうことはできません。
どうしてもという場合は「スベシャル・コンボイ」と言って、
独自で警察・救急隊などをチャーターしないといけないそうです。
もちろん、実費
集合中は写真を撮ってはいけないはずなのですが、
なぜか○○ちゃんのカメラに普通に映像が・・・
出発を待つ観光バスや観光客の車
警察がツアー客の人数、国籍などすべてチェックしています・・・
後日聞いた話によると、撮影がばれたらカメラ、もしくはデータの没収だとか…
あぶない、あぶない・・・笑
さて、コンボイの出発です。
我々のバスは乗客が一番少なかったため、最後列に・・・
他のバスが故障などした場合、隊列をストップすることができないので、
乗り組み可能なバスを後ろに配置するんですって。そのうえ警官も同乗・・・。
だからって我々的にはどうってことないですけど、ガイドさんはつらいよね
窓の外は延々砂漠・・・
そんなわけで、車内一斉就寝・・・
ひたすら走ること数時間・・・
やってきました!エジプト最南端の観光地!
アブ・シンベル大神殿
アブ・シンベル大神殿。 4体の座像はご存じラムセス2世。
紀元前1200年頃の王様だったラムセス2世がこの大岩窟神殿を建設しました。
90歳まで生きた彼は200人ほどの奥さんを持ち、100人以上の子供がいたといいます。
男前なだけじゃなく、権力も自己顕示欲も強い男性だったんでしょうね~
なかでも一番愛した妻がネフェルトアリ。
彼女のために建造したのがアブ・シンベル小神殿
4体のラムセスくんに挟まれるようにネフェルトアリの立像です。
そしてその足元には二人の子供の像も・・・
たくさんの子供にめぐまれたラムセスくんですが、一番愛した女性の息子を一番愛したそうです。
大奥みたいなドラマはなかったのかしらん・・・
素晴らしい世界遺産。なのに多くの落書きが見てとれます。
砂に埋もれていたのをイギリス人によって発見されたのが19世紀初め。
神殿の上の方にも数々の傷と1816年という年号もしっかり彫られていました。
発見されてすぐに傷をつけられてしまったんですね・・・。
この神殿はアスワンハイダム建設の際、ナセル湖に水没する予定でした。
しかしユネスコの国際キャンペーンにより、4年の歳月をかけブロックに切断して
元の位置より60m上に移転されたのです。
この運動がもとになって、遺跡を守ろうとする運動が世界中に広がったんですって。
「世界遺産」・・・字の如く世界のみんなの遺産です。
大切に観光させてもらい、後世まで受け継いでいきたいものですね・・・
さて、日も暮れてまいりました・・・
アブシンベルに宿泊するもののみが見学できる
光と音のショー
神殿をスクリーンと見立てて、ラムセス2世の人生やユネスコによる救済などが
音と映像で繰り広げられる・・・演劇をみているようでしたよ。
いや、ちょっとなめてたんですけどね、ほんとは。大したことないやろって・・・
しかし誰が考えたんでしょうね~、かなり良くできていましたよ。
世界遺産をスクリーンにするスケールの大きさに心が震えました・・・。
イヤホンで言語選択ができるのですが、この日の観光客の中では日本人が一番多く、
日本語での上映だったのが余計に感情移入しやすかったのかしら。
部屋に戻った後は、みんなでパーティ!
お酒はなかったけど、ハイビスカスティでもこの状態 笑
アスワンからアブシンベルへ・・・バスで240キロ南へ下るのです。
その前に立ち寄ったのが、古代の石切り場。
この地の赤御影石があのピラミッドの制作にも使用されたとか。
そしてこれが
切りかけのオベリスク
つまるところ、切り出しかけてひびが入りそうだったのでやめちゃったという代物のようですが・・・。
未完成のオベリスクであることは、表面に装飾がされていないことからもわかります。
切り込んだ時点で使えないと分かったんでしょうね・・・
もし完成していれば、カルナック宮殿のハトシェプスト女王のオベリスクを抜いて、
一番の高さである40mのオベリスクとなったようです。
そして、いよいよアブシンベルへ出発・・・
なのですが、アスワン-アブシンベル間の移動はコンボイという隊列で行われます。
旅行者を管理、というよりテロリストから守るということのようですが、
先頭と末尾には警察がつき、隊列中央には救急車と看護師まで待機させているとのこと。
出発時刻に遅れれば、アブシンベルへ向かうことはできません。
どうしてもという場合は「スベシャル・コンボイ」と言って、
独自で警察・救急隊などをチャーターしないといけないそうです。
もちろん、実費
集合中は写真を撮ってはいけないはずなのですが、
なぜか○○ちゃんのカメラに普通に映像が・・・
出発を待つ観光バスや観光客の車
警察がツアー客の人数、国籍などすべてチェックしています・・・
後日聞いた話によると、撮影がばれたらカメラ、もしくはデータの没収だとか…
あぶない、あぶない・・・笑
さて、コンボイの出発です。
我々のバスは乗客が一番少なかったため、最後列に・・・
他のバスが故障などした場合、隊列をストップすることができないので、
乗り組み可能なバスを後ろに配置するんですって。そのうえ警官も同乗・・・。
だからって我々的にはどうってことないですけど、ガイドさんはつらいよね
窓の外は延々砂漠・・・
そんなわけで、車内一斉就寝・・・
ひたすら走ること数時間・・・
やってきました!エジプト最南端の観光地!
アブ・シンベル大神殿
アブ・シンベル大神殿。 4体の座像はご存じラムセス2世。
紀元前1200年頃の王様だったラムセス2世がこの大岩窟神殿を建設しました。
90歳まで生きた彼は200人ほどの奥さんを持ち、100人以上の子供がいたといいます。
男前なだけじゃなく、権力も自己顕示欲も強い男性だったんでしょうね~
なかでも一番愛した妻がネフェルトアリ。
彼女のために建造したのがアブ・シンベル小神殿
4体のラムセスくんに挟まれるようにネフェルトアリの立像です。
そしてその足元には二人の子供の像も・・・
たくさんの子供にめぐまれたラムセスくんですが、一番愛した女性の息子を一番愛したそうです。
大奥みたいなドラマはなかったのかしらん・・・
素晴らしい世界遺産。なのに多くの落書きが見てとれます。
砂に埋もれていたのをイギリス人によって発見されたのが19世紀初め。
神殿の上の方にも数々の傷と1816年という年号もしっかり彫られていました。
発見されてすぐに傷をつけられてしまったんですね・・・。
この神殿はアスワンハイダム建設の際、ナセル湖に水没する予定でした。
しかしユネスコの国際キャンペーンにより、4年の歳月をかけブロックに切断して
元の位置より60m上に移転されたのです。
この運動がもとになって、遺跡を守ろうとする運動が世界中に広がったんですって。
「世界遺産」・・・字の如く世界のみんなの遺産です。
大切に観光させてもらい、後世まで受け継いでいきたいものですね・・・
さて、日も暮れてまいりました・・・
アブシンベルに宿泊するもののみが見学できる
光と音のショー
神殿をスクリーンと見立てて、ラムセス2世の人生やユネスコによる救済などが
音と映像で繰り広げられる・・・演劇をみているようでしたよ。
いや、ちょっとなめてたんですけどね、ほんとは。大したことないやろって・・・
しかし誰が考えたんでしょうね~、かなり良くできていましたよ。
世界遺産をスクリーンにするスケールの大きさに心が震えました・・・。
イヤホンで言語選択ができるのですが、この日の観光客の中では日本人が一番多く、
日本語での上映だったのが余計に感情移入しやすかったのかしら。
部屋に戻った後は、みんなでパーティ!
お酒はなかったけど、ハイビスカスティでもこの状態 笑
スポンサーサイト
Comment
コメントの投稿
Track Back
Copyright © ネコのたくらみ. all rights reserved.
Template by はじめてのブログデザイン
はじめてのブログ選び